2013年02月28日

体罰と恐怖



親父が直ぐにキレてシバカれる
そんな環境下に居た自分は絶対的な力に怯えて生きていました。

しかも、愛を感じる叱りや、理屈の通った怒りではありません。
勿論、子供ですから常に正しい行為などはしませんので
怒られて当然な事も良くあるのでしょうが。

でも、俺・・・結構エエ子やったんですよ?・・・キモッ!


俺の親父は理不尽です。w
一番顕著な例ですが

俺が小学校3年生の時に大好きなお祖母ちゃんの為に
小遣いを貯めて安い物ですが財布を買ったのです。
誕生日だったのか敬老の日だったのかは覚えてはないけど・・・。
その行為をお祖母ちゃんから聞いた母親が親父に

「 この子な、お母ちゃんに小遣い貯めて財布買うたってんで・・・ 」

と親父に言いました。

普通、誉めてくれると思うでしょ?????
その時に

「 生意気な事すんな!!! 」


俺を怒鳴ったんです。汗だく
殴られはしませんでしたけどね。

なんなんでしょう???

大人の今なら笑えますけどね。

って事で、何かすると怒られるシバかれる・・・
ビビるでしょ?w

自分に対する親父の怒りや暴力に愛を感じた事はありません。

桜ノ宮高校で問題になった教師の体罰
自分は勿論、反対です。
スポ根的に時には必要だ!という意見も理解は出来ます。
最終的には本人の根性と忍耐力です。
その差で負ける事も勝つ事もあります。
それは本人が一番分かりますもんね。
そう言った、根性や忍耐力を付ける必要性は
十二分に強く強く感じます!

ですが、それが体罰なのでしょうか?

仮に体罰が有りだとしましょう!

体罰を受ける事により人間は例外を除いて
大きく二つに左右されると思うのです。

@が体罰により怒りやアドレナリンが出て
 「 ナニクソ!!! 」と力を出すタイプ

Aが体罰により萎縮し実力を発揮出来なくなるタイプ

Aのタイプの人間に体罰を与え続ければ
結果は増々悪くなりませんか?

@の方は結果が出て

「 あの時の先生の体罰には意味があった! 」
「 愛を感じた! 」
って思えるかも知れません。

でも萎縮してしまう人間は結果も何も伴わずに
最終的に責任までも押し付けられる羽目になります。

少なくとも、その二つのタイプの人間を
見極める洞察力や能力が教える側に
必要不可欠ではないでしょうか?
それが無いと悲惨な結果が待っているでしょう。

桜ノ宮の先生の場合は明らかに、そのドツボにハマってませんかね
自分の想像するリアクションを取らない、取れない人間に
「 怒り 」が増し、また暴力を加える
しかも、俺がガキの頃に感じた絶対的な力で・・・。

人には個性があり
単一の教育法で全てをまとめようとすれば
必ず、落ちこぼれ、はみ出し者を生む結果が待っています。
そういう人材を見捨ててコレまでの社会は成り立っています。

そろそろ、その辺を学術的、総体的に考える時では無いでしょうか?
そんな事、とっくに誰かが考えて居るのかもですが
実行されなければ意味がないよね。汗

次回は、違う視点からこの話に切り込みます。




posted by Leach at 01:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月24日

一か八かの子




芸能界やら一般社会では、ヤクザと絡むだけで
今やアウトです。
勿論、絡んでも碌な事はないでしょうしw

とは言え、そんな家系に生まれた自分は
イワユル、親が持って帰って来る金が`キレイ`かどうか
解りません。
いや!ほぼ汚い金だったのでしょう!
悲観的に言えば俺ってその金で育てられた訳です。
親を選べませんしね。

前にも書きましたが、自分が母親のお腹に宿った時から
親父はヤクザ界から足を洗い
カタギになったと聞きます。

でも、これは綺麗事ではないか?と思いますね。
少なくとも自分の記憶では小学校3、4年生の時には両親ともに
パチプロしてた筈です。汗だく

普通に働きに出る親父を見る事もありましたけどね。
ずっと同じ仕事をしては居なかったと思います。
まぁ、真っ当に稼いで帰って来ても
妻がこっそりと金を持ちだして
博打を打ちに行って帰って来なくなる
本人は毎晩酒で飲みつぶれる

金は一体どうして捻出してたんやろか???です。w

俺も妹も病院ではなく
産婆さんの手助けによって生まれました。
もう当時は病院で産む時代になっていたと思うのですがね。汗

産婆さんが現存してたんですから
まだまだ需要があったんでしょうけど。。。

んで、俺が生まれるか生まれないか!の瀬戸際の時
全く金が無かったらしいです。
それで、お祖母ちゃん家で賭場を開きテラ銭(*後で解説)を
貯めて俺を出産する費用を捻出したらしいです。

テラ銭…テラ銭(寺銭)とは、
いわゆるギャンブル等において主催者に支払う参加料のことです。

とネットに載っています。

が、自分が聞いたのは参加料ではなく
ギャンブルで言う親と子

親・・・サイコロを振る側、胴元
子・・・お金を掛ける側

その親と子が引き分けた場合
宙に浮いたお金が
テラ銭入れに入れられてストックされる
というシステムもあるみたいです。

母親曰く

「 皆で博打をしてて、テラ銭がようやく溜まった所で産気づいて
  アンタを産んだんや・・・ 」



俺って生まれながらにして

一か八かの子ですか?!

神様・・・




posted by Leach at 03:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月23日

殴りこみ




俺の幼少時代はまだまだ任侠映画ヨロシクのヤクザ世界でした。
勿論、自分はガキでイマイチ記憶も定かではありません。

ですが、これも4歳か5歳位の時の話です。

断片的な記憶しかありませんが

ヤクザが俺んちに押しかけてきて
エライ騒動になった事があります。

昔は組同士の抗争もあり
映画のストーリーでも良く使われたパターンで

人道的なヤクザが( これもオカシイけど )
非人道的なヤクザにテリトリー抗争で非道な行為を続けられ
ついには大事な人材までも命を奪われてしまう・・・
そこで堪忍袋を切らした
高倉健やら鶴田浩二等が扮するところの主役級のヤクザが
単身で相手側の
組に乗り込み、皆殺しにやっつける!という
お決まりのパターンです。
最後は大概、本人も死ぬんですけどね。w

高倉健.jpg
鶴田浩二.jpg

このパターン・・・ばっかり繰り返して来たから
ある意味、日本映画は衰退したのではなかろうか・・・。
兎に角、邦画は同じパターン繰り返し過ぎ!!!

でも、今東光が書いた「 悪名 」シリーズは面白かったです。
勝新太郎も良い味出してるし
セイジ役の田宮二郎もカッコ良かったw
相手方はピストルとか持ってて
朝吉は素手で戦う・・・みたいな

正に「 なんでやねん! 」の世界ですが。w

悪名.jpg
この勝新太郎扮する所の八尾の朝吉、正に自分んちの近所です。w
実在の人物らしいですけどね。


それはさて置き

自分の家にもそんな感じでヤクザが日本刀などを持って
殴りこんで来ました。

これも母親にその当時の理由を聞きました。

ある日、母親とその殴りこんで来た側の組の組長さんが
何やら二人きりで居たそうです。
それを自分の父親が発見!!!
「 浮気 」と勘違いし
その組長をボコボコにしてしまった・・・という単純で間抜けな話です。
母親曰く、その組長さんは人が良くて
親父に殴られながらも
「 矢野さん違うがな、ワシがそんなんする訳がないがな・・・ 」と
優しく弁明していたらしいですが

前にも述べた通り俺の親父は粗野で暴力的なアホです。
一切聞く耳を持たずにボコボコにしてしまい
その組長さんを病院送りにしてしまった訳です。

となると黙ってないのが、そこの組員ですわな

って事で俺の親父を血祭りにあげるべく
やってきた訳です。
当然と言えば当然ですね。w

子供の自分の記憶にあるのは
自分が丸で物の様にポイと安全な場所に
運ばれたと言う記憶しかありませんが
物凄い恐怖感はありましたね。

んで、暫くして見たシーンは

親父が数人のヤクザに囲まれ
あぐらに腕組みして座り
「 煮るなり焼くなり好きにしろ! 」とばかりに
開き直ってるシーンが脳裏に焼き付いています。

その前に、あるヤクザが親父に日本刀で大上段から斬りかかり
見ていた身内の人間が
「 矢野がやられた!!! 」とか言うシーンもあったらしいです。
まぁ、生きてるって事は間一髪切り抜けたのでしょう。

んでまぁ、誰かが間に入り
どういう形で収まったかは知りませんが
今も親父は酒に呑まれながら
生きているのです。

こんなエグい話は結構あります。

本書けるね。w




posted by Leach at 04:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月16日

たこ焼き下さい



前回の続きです。

そんな、母親ですがそれなりに
普通の家庭作りも目指してた時期?はあったみたいです。

お婆ちゃん(母の母)の家の前に空き店舗があり
そこでお好み焼き&たこ焼き屋をやる事になったのです。
期間はホンマ短いモンやったみたいです。

恐らく自分が5歳位の頃です。

これは全く記憶にはありませんが
母親から聞いたエピソード

ある日、母親が店のお持ち帰り用の窓口で
たこ焼きを焼いていました、すると
俺が近所の子何人かを一緒に連れてきて

「 すんません、たこ焼き下さい! 」

とお客を装ってやって来たらしいのです。w

理由は解りません。汗

もしかしたら、自分の店を繁盛させる為に
自分も一役買おうと
近所の友達を連れて来たのかも知れません。
とは言え、我が子が友達を連れて来たのに
その子達からお金を取る訳にも行かんでしょうし
五歳前後の子供たちがお金を持ってる訳ないよね・・・

結果・・・全部、無料であげてたらしいです。w

まぁ、五歳にして変な子やったのかも知れませんね

俺・・・。



posted by Leach at 03:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月13日

緋牡丹お竜( ひぼたんおりゅう )




自分が子供の頃に
「 緋牡丹博徒( ひぼたんばくと ) 」
という映画がシリーズでありました。
富司純子さん扮する所の女賭博師が男社会のヤクザ世界で
大車輪の活躍をする!というモノです。

お竜.jpg

自分はお婆ちゃんや叔母さんに連れられ近所の映画館へ
その映画を観に行ってました。
子供の自分にはとても退屈でした。w

ですが、その緋牡丹お竜に自分の母親を重ねていました。
言っときますが決してルックスで、ではありませんよ。
自分の母親も博打が好きで、女賭博師という一面をです。
自分がまだ3歳位から育児を放棄して
こっそりと出て行っては何日も帰ってこないのです。

母方の家はヤクザな家系です。汗
母親は6人兄弟の長女です。
何やら腹違いの姉が居たが早くに亡くなったか
居なくなった・・・とか。
上に長男、下に次男、三男、四男、次女です。
次男がある時期、組長でイケイケな時代がありました。
今は組も解散して、地元でひっそりと生きています。
いわゆる負け組ヤクザって感じでしょうかね。

でも当時はイケイケだったので
弟が組長の母親も皆に「 姉さん 」と呼ばれて
一目置かれて居た?みたいです。
「 姉さん 」というと「 アネさん 」と読まれると
思いますが、母親は「 ねえさん 」と呼ばれて
最終的には 「 ネエ 」と呼ばれていました。

弟が組長とはいえ別に組の関係で何かやっていた訳ではなく
単純に色んなヤクザとつるんで
博打をするのが好きなだけやったみたいですけどね
でも、映画みたいな事件は沢山ありました。
それはまたおいおい書きたいと思います。

自分の父親も最初、組関係の若い衆をしていて
そこで母親を見初めて一緒になったと聞きます。
んで、自分が母のお腹に宿った時に一切、ヤクザ関係から
足を洗ったと聞きました。

父親は酒飲みです。
と言うよりも酒に呑まれるタイプの癖の悪い人間で
しかも超暴力的な粗野な人間でした。今も生きてるけどw
その上、創価学会の熱狂的な信者です。(それもまたいつか)

自分がまだ3、4歳の頃でも母親は父に内緒で
家を出て行き何日も帰って来ません。
しかも、家の金をこっそりと持ちだし博打に使うのです。

博打に勝ち続けると
一ヶ月以上帰って来ない日もザラにあったみたいです。
帰って来ても
いつも家に入れて貰えず、玄関の隙間から

「 あんたー開けて〜。 」
「 よしぼー(俺)、お父ちゃんに入れてあげてと頼んで・・・ 」

と言うのです。
ですが、大体その時間帯には父親は既に酒に呑まれています。
自分が何か言おうモノなら、シバかれます。
自分は3歳4歳です。
いつも母親が恋しくて帰って来るのを待ち焦がれていました。
そしてやっと帰って来たのに、その母が入れて貰えない
自分が力を貸すと、シバカれる

寂しさと恐怖の間にガキの俺は常に苦しんでいました。
なので、自分のその頃の思いは
母親への恋しさと父への恐怖しかありません。
そして、最終的に父が根負けして母を家に入れるのです。
ただ、その後に母親への暴力が待っています。

まぁ、家の金を持ち出し、幼子を放おって出て行ってしまう
どうしょうも無い女です
怒る側の気持ちも解らなくはありませんが
子供の頃の自分は母親が殴られるのを怯えて見てるしか
ありませんでした。
これも中々に辛い経験でした。

自分が4歳の時に妹が生まれました。
勿論、妹が生まれそうな時期には流石の母親も家にいます。
いたと思います。多分・・・汗

ある日の夜中に母親が苦しんでいます。
陣痛なのかどうかは4歳の自分には解りません。
母親が自分に

「 よしぼー、水枕に氷を入れて持ってきて 」

というのです。
最初、父親を起こそうとしました
ですが
酒に酔いつぶれて何をしても起きてはくれません。

台所に行きアイスピックを出して自分は必死で氷を割っていました。
今、考えれば夜中に4歳の子供がアイスピック持って
氷を必死で割ってる姿って悲壮やありませんか?w
勿論、氷はそんな子供には思うように割れやしません。
どれくらい時間が掛かったのかは解りませんが
母親が待ちきれずに台所へやってきて

「 そこ、どきっ!!! 」と

俺を押しのけて自分で氷を割って氷まくらを作りました。
その時の「 どき! 」と押しのけられた事に
非情さを感じました。w
今でも心の小さな傷として残っています。(笑)
自分は必死で母親の為に頑張ってるのに

「 役立たず! 」と言われた気分満載です。
でも、4歳です。
ですが、自分の記憶と言うか当時、自分はまだ4歳なんやで!?
なんて意識はありません。

「 やらねばならぬ! 」
という使命感だけだったような気がしますね。
なんなら意識だけは小学生くらいの感じだったでしょうか。

そんな母親ですが
自分に愛情を感じていない訳では無いようでした。
ただ、愛する子供を置いてでも博打がしたい訳です。
俺がどれだけ苦しんで居ようが死なずに生きてる訳ですからね。

博打にのめり込む人間の特徴は
博打をする為の金ならどんな金でも良い!
と思ってしまう所みたいです。
その金を使う事で家族が苦しもうがどうしようが
博打に勝って倍にすれば良い!!!
と言う思考になる様です。

アホには違いありません。

妹が生まれてからも、母親は変わらずに
博打を打ちに出て行きました。
それは、自分が成人するまで続きました。

それこそ、本人の足腰が弱るまで・・・。
業を背負った女でした。

暫くは、こんな話を続けるよ w

一緒に耐えてくれ!















posted by Leach at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月01日

母、身罷る。。。




先日、1月20日、日曜日の朝方に
我が母が亡くなりました。

実は諸事情で母とは一年近く連絡を取って居ませんでした。
理由もいつか書ければ書きます。

ですが、いかなる理由があろうと
自分の母親を看取る事が出来なかった事実は
親不孝のナニモノでもありません。
後悔しています。

母親が死んだって聞かされたのは
その日の昼頃です。

涙は出ませんでした。

妹がまだ生きていた、ある日
母親が大量の吐血をし
一時期、意識不明に陥りました。
医師は「 もう長くはない 」と言いました。

その時、泣きました。

ですが、奇跡的に回復し
その後に妹が先に死んでしまうという
悪夢が起きました。

その日以降、母親には
地獄の責め苦の様な日々が続きました。
親よりも先に子供が死ぬ
しかも、妹に完全に頼りきっていた母親の生活は一変しました。
ずっと悔やんで生きている感じでした。
足腰も弱くなり、自由も利かず
部屋と二日おきの人工透析に通う日々

ですが、人間は寿命が尽きるまでは
死ねません。

もっと生きていたいと思っても命が尽きてしまう人もいる。
もう死んでも良い・・・
と思ってもずっと生きて行かねばならない人もいます。
単純に幸せであれば誰だって

「 生きたい! 」と思うのです。

妹がまだ生きていれば母親ももっともっと生きていたい!
と思ったでしょうし
自分もそう願った筈です。


でも今は、

「 オカン…やっと陽子に会えるんか・・・。 」

と思っています。

勿論、今までこの世に存在した人が居なくなる事に
寂しさや、悲しみをおぼえます。
もっと、優しくしてあげれば良かったな!と思います。

でも、やっぱ
「 オカンはやっと現世地獄から開放された 」

という気持ちの方が強いです。











posted by Leach at 02:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする